将棋ノート(将棋初級者奮闘記)

大人になってから将棋を始め、将棋の上達をこじらせてしまった私の奮闘記です。

棋書を読み解くのに必要な要素[前編 読解力]

今回はかなり真面目な話です。

前回と落差が大きいですね。すみません。


棋書を読み解くのに必要な要素は
大きく分けると2つあります。

それは、そこそこ高い読解力
必要な情報を最適化する数学的思考力です。

今回は読解力について、話をします。

読解力そのものを直接説明すると
だらだらと長くなるので
[記憶][意図]に分けて説明します。


まずは[記憶]の話です。

単に棋書を読むだけなら、日本語が読めれば十分ですが、それだけならマンガやライトノベルを読むのと何ら変わりません。

特にダメなのは、何がなんでも棋書の内容を全て覚えようするというのはアウトな考え方です。

これ、ダメなんです。その理由は内容全て覚えるのを優先しちゃうと、今度は覚えた情報の優先順位が分からないという問題が起こります。

優先順位がつけられないと、どれが必要な情報か判断出来ないので、覚えているはずなのに情報を引き出せないので分からないという矛盾が起こるのです。

それとダメな理由がもう1つ。

定跡書だと、ある程度解説が進んで区切りがつくと、途中図まで戻って別パターンの解説をしていきます。

安直に全てを覚えてしまう癖をつけてしまうと、変化前と変化した指し手との違いや優劣をつけていないという経験を積み重ねていくことになり、無意識に、先に覚えた方を優先してしまう悪癖がつけてしまいます。

先に覚えた手順が良い手なら問題ありませんが、この悪癖の最大の問題点は、間違いに気付いて正しく覚え直そうとしても、先に覚えた方が正しい情報だというルーティンを構築しているので、要らない情報が忘れにくくなってしまうことです。

こうなると、再学習しても修正が難しくなります。

覚えるのも大切ですが、忘れるのも大切なんです。

これから先、新しい戦法や手順が出てきても、古くて要らない情報を忘れていなければ、いつまでも先に覚えた古い方を優先してしまい、上達に繋がりません。

つまり、上達するには要らないことを忘れる、という作業が欠かせないのです。

なので、「正しく忘れる」ことを意識するだけでも、棋書を深く読むことが出来ます。

具体的に例えると、棋書を読みながら、読んでる自分を疑うだけでも視点が俯瞰的に変わってきます。

棋書の覚え方を変にこじらせると、修正するのに、より多くの労力とさらに高い能力が必要不可欠になるので要注意です。


2つ目は[意図]の話です。

ネットなどで、「この本、悪手や緩手ばかりで全然ダメ」とか書いてるのをたまに見ますが、棋書の良し悪しにもよりますが、その指摘は半分正解で半分不正解です。

そもそも、対局で棋書の内容と同一局面になることはほとんど無いですし、最善手ばかり書かれた棋書自体、そうそうありません。あっても先述の通り、同一局面になることがほぼ無いので需要がありません。

プロなら同一局面はありえるでしょうが、私たちアマチュアではほとんど棋書の中の局面図通りに指すことは無いでしょう。

それと、棋書のページ数には限度があります。筆者がどんなに凄い超人でも、限られたページで教えたい内容を全てを書ききることは出来ません。

そうなると、手取り足取りと丁寧に教えられないので、効率的に載せるには最小限の解説とヒントで、教えたい内容の結論まで読者自らたどり着いてもらった方が効率が良いのです。

つまり、棋書に書かれていないところにも、筆者の意図があることを読み解くことが必要不可欠なんです。

悪手や緩手だと気づいたら、それがなぜ悪い手なのか、これよりも良い手を指すにはどうするか?と色々考えるのって楽しいですよ。

指し手が全く思い付かなくても、激指のような将棋ソフトに検討させて、指し手を比べてみるだけでも参考になります。

話を戻しますね。

筆者は棋書を通じて、読者へ将棋の考え方を諭し、鍛えていくのが棋書本来の意義です。

指し手の指摘や揚げ足取りは筆者の意図を全く汲めていないので、棋書を本当に理解したとは言えないんです。

棋書だけでなく、棋譜を読むのも良いと思います。棋譜もまた、指した人にしか分からない意図や思考が込められています。

分かりやすいので例えると、ある程度将棋が分かると、佐藤康光先生の指した棋譜を5、6枚ぐらい、名前隠して渡されても「ああ、佐藤先生の棋譜ですね」と納得するようなものです。

昔、聞いた話ですが
棋譜棋士の名刺なんだよ。
後世にずっと残るものだから、責任が伴う。
どの棋譜にも、やる気の無いような手や
いい加減に指した棋士はいないんだよ。」
と、どっかの誰かが言ってました。

例え、意図や雰囲気が全く読めなくても、読もうとする努力をしなくても良いなんていう理由にはなりません。

将棋に限らず、人様に見せつけるためだけの努力と支離滅裂な開き直りは誰ひとり良い思いしません。自分自身もです。


要は色んな棋書や棋譜を読み漁って
好きな戦法見つけて楽しく指していけば
良いんですよ。

真面目に書いてきたのに
何か、オチがすっげえアホですね。
でも、それで良いんです。コノヤロー。

後編は真面目に書きますよ。多分。


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